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うばすて山

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白い雪でおおわれていたうばすて山にも、春が来たらしく、黒や茶色の地面が、点々と、雪の中から、顔を出してきました。
そして、野原にも花がさきはじめ、麦畑は、いっそう青々としてきました。
こんなにのように美しい春がきたのに、孝太郎は、毎日毎日、心がかなしくなるばかり。
というのは、その国では、六十をこえた老人は、
みんな、山の中に捨てなくてはいけないという習慣があったのです。
きっと年よりは、社会のためにならないと思われていたからでしょう。
「孝太郎や、そろそろ、山に花見に行こうかね。」
と六十になった母親がそう言い出したので、孝太郎は、びっくりして答えました。
いやいや、まだ早い。」
しかし、いつまでも、いつまでも母親を家においておくことができません。
どんなに母親を大切にしようとしても、習慣習慣です。
長い夏もすぎ、鳥たちも、南の方にとんで行ってしまい、動物たちも、森のおくかくれてしまうころです。
母親は、また孝太郎に、「そろそろ、山につれて行っておくれ。
そうしないと、お前が村の人たちにひどい目にあわされる。」と言い出しました。
孝太郎は、ついに、しかたなく、ある晩母親を背おって泣きながら、山にむかうことにしました。
満月てらされてとぼとぼと山道を歩いていると、ふと、孝太郎は、背中の母親がポキンポキンと道のそばの木の折っているのに気が付きました
「お母さん、なんでそんなことをしているのですか。」
と孝太郎がたずねると、「こんな慣れない山の中から帰るのに、道に迷ってはかわいそうだから、木のしるしをつけてあげようと思ったのさ。」
と答えました。
これを聞いて、孝太郎は、自分のことをこれほど思っていてくれる母親を、こんな山の中に捨てることは、どうしてもできなくなり、家につれもどり、
今まで以上母親を大事にしました
村の人々も、いつの間にか、この孝太郎の話を耳にして、自分たちも親を捨てることをやめてしまいました。
こうして、この習慣は、しらずしらずなくなったということです。
これは、もう千年以上もむかしの話ですが、うばすて説話といって、日本文学に、いろいろなとして出てきます。
とくにに出てきたり、
また、ある男が、「さらしなうばすて山にてる月を見ていると、どうしても心をなぐさめることができなくなってしまう。」というって、
捨てた母をむかえに行ったという大和物語の話は、有名です。
とくにおもしろいのは、明治時代に、学生たちが当時女子大学のことをうばすて山とよんだことです。
学問でもして、独立しなければならないような不美人の行く学校という意味で、
学生間だけで使われた隠語だったらしいですが、
女子大学生がもうすぐ、全大学人口半数にもなるほど多くなった近ごろ
こんなことを言ったら、裁判問題になりそうな話です。