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誘拐

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電話ベルが、待ちがねていた博士の前で鳴った。
彼は、それに手をのばした。
受話器の奥の漆黒から、低い声が伝わってきた。
もしもしご主人はおいでですか」
「ああ、わたしだが」
有名エストレラ博士に、まちがいありませんか」
「まちがいないが、いったい、どなたです」
「それは申しあげられませんが、用件については、およそ、お察し下さったのではないでしょうかね」
声の終わりは、冷たい笑いに変わった。
「あっ、ではおまえが・・・・・」
博士は声をとぎらせた。
相手は平然とした声。
「その通り。
博士お子さんは、ちゃんとここでおやすみになっていらっしゃいます」
博士は声をふるわせた。
「わたしの大切子供連れ去るとは、どういうつもりだ。
まだ、生まれて一年ならない子を・・・・・」
そんなに大切お子さんなら、自動車のなかにおいて、用たしなんかに行かないことですな」
「あ、やはり、あの時につれ出したのか。
ちょっと雑誌買い下りただけだったのに。
さては、前からねらっていたのだな」
まあまあ博士
じたばたしないで、科学者らしく現実認めたらどうです」
「いったい、なんで、そんなことをしたのか。
わたしにうちみでもあるなら、わたしに対して行ったらどうなのだ。
卑怯な・・・・・」
「いや、わたしには博士へのうちみなどありません。
むしろ、尊敬しているぐらいです」
「では、どういうつもりなんだ。
妻も悲しみのあまり、ねこんでしまった」
この時、相手の声は気がかりらしい響きをおびた。
「まさか博士警察届けたではないでしょうね」
「いや、まだ届けてはない。
方一の場合を考えて、もうしばらく電話のかかるのを待つことにしていたところだ。
だから、子供だけは傷つけないでくれ」
「さすがは博士、それだけお話がわかれば、ご心配はおかけしません。
お子さんのことは大丈夫
では、さっそく取引きにうつりましょう」
取引きだと。
しかし、子供をさらって金を要求する罪の重いことは、知っての上だろうな」
「それは知っての上ですよ。
だが、へんなことをなさったら、お子さんがどうなっても知りませんぜ」
「ま、まってくれ。
いくら欲しいんだ」
ざっくばらん申しましょう
博士完成されて秘密にしておられるといううわさのロボットの説計図」
「えっ。
いや、それは困る
「お困りになるのは、勝手ですがね」
「あれは、わたしが世の悪をこらすために作ったものだ。
おまえのような物の手に、渡すわけにはゆかぬ。
額は望み通りにするから、なんとか金ですましてくれ」
「でも、博士がいつもおっしゃるように、研究は金で買えませんのでね。
それに、その設計図を金にするのは、きっと、わたしのほうが博士よりうまいでしょうよ」
「ああ、なんというやつだ。
おまえは、それでも人間か」
「その通り。
ロボットでない証拠には、ちゃんとこの通り欲があります」
「おまえのようなやつは、生かしておけぬ」
「どうか、興奮なさらぬよう。
お子さんをおあずかりしていることを、お忘れなく」
「うむ、やむを得ない
取引きに応じよう
「そうですよ。
それでこそ賢明博士です」
しかし、わたしの坊やは、たしかにおまえのところにいるのだな」
「そのことは、ご心配なく。
そばの長椅子の上で、さっきからずっと、おとなしくおやすみですよ」
「そうか、それでほっとした。
しかし、念のために声を聞かせてくれ」
「まだ、なにもしゃべれないでしょうに」
「いや、泣き声でいいのだ。
泣き声さえ聞かせてくれれば、わたしも安心して取引きに応じよう
「いいんですかい、泣かせても」
「わたしは坊や無事なことを、たしかめたいのだ。
ひとつ耳を引っぱってみてくれ。
坊やどういうわけか、耳の神経敏感で、おとなしく寝ている時でも、耳を引っぱればすぐに泣き出す」
「変な癖ですね。
まあいいでしょう
やってあげましょう。
だけど、泣き声を聞きつけて、ひとが来るとうるさい。
窓をしめきってからにしますぜ」
「それは勝手だ。
気になるから、ドアにもカギをかけておいていい」
「なんですって」
「なんでもいい。
早く泣き声を聞かせてくれ。
無事証拠を示してくれ」
お待ちなさい。
いま、やってあげます。
それがすんだら、取引のの方法に移りましょう」
相手の声はしばらくとぎれ、窓をしめているらしい音がした。
そして、小さな声が聞こえた。
坊や
おとうさんが泣き声を聞きたいとさ。
痛くても、ちょっとがまんしな」
博士受話器を耳に押しつける手に力を加えて待った。
はげしい爆発音が響いてきた。
受話器をもとにもどした博士は、うれしそうに笑った。
「耳が引き金になっていたとは、気がつくまい。
悪人がまた一人へった」